イスタンブールの歴史
 

 

イスタンブールについて

 

【概要】
ボスポラス海峡を挟んでヨーロッパとアジアの2大陸に跨る人口約1,350万人を超えるトルコ最大の都市。(第2の都市は、首都アンカラ約490万人)

 

【小史(都市名の変還)】
●紀元前658年、ギリシャのメガラ族のビザス王が一族を率いてこの地にやって来て、都を建設したのが起源といわれる。ビザス王の名を取って「ビザンチウム」と名付けられた。
●330年コンスタンティヌス帝はビザンチウムをローマ帝国の新しい首都に定め、その後「コンスタンティノープル」として世に知られ、395年、ローマ帝国が東西に分裂後は、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)の首都となる。
●1453年、コンスタンティノープルは、オスマン・トルコ帝国のメフメット2世の攻撃を受けて陥落。オスマン・トルコの首都となってから、イスタンブールと呼ばれるようになった(「町へ向かって」を意味するギリシャ語の「イス・ティン・ポリン」が語源)。
●1923年、トルコ共和国が誕生。首都はイスタンブールからアンカラに移転。

 

【行政】
イスタンブール市は、特別市(大都市広域自治体)に指定されており、39の区がある。イスタンブール特別市長と各区長は選挙で選ばれる。
イスタンブール県は、全国に81ある県の一つで、上記のイスタンブール特別市と地理的な管轄区域は同一であるが、担当する部局によって管轄が異なる(具体的には公共交通部局は特別市が担当し、警察部局は県が担当している)。県知事は選挙ではなく、中央政府(内務省)から任命される。

 

【イスタンブールの特徴】
トルコ最大の経済都市
トルコ全人口の18%を有し、GDPの2割、国全体の税収の4割を生み出している。また、日本の経団連にあたるTUSIAD(トルコ企業家・実業家協会)など殆どの経済団体の本部、また、大企業・メディアの本社がある。
トルコ最大の文化・観光都市
イスタンブール旧市街地区(トプカプ宮殿、アヤ・ソフィア、ブルーモスクなど)は、1985年に世界遺産に指定された。トルコは、世界から年間約3,000万人の外国人が訪れる観光大国であり、そのおよそ半数がイスタンブールを訪れる。

 

【日本との関係】
トルコの在留邦人1,485名の内、1,275名がイスタンブール県に在住し(2010年)、トルコの日系企業84社の多くがイスタンブール県に事務所を構える(2010)。また、トルコを訪れる約20万人の邦人旅行客(2010年)の殆どがイスタンブールに滞在する。
また、イスタンブールには、我が国の主なODA案件として、第2ボスポラス大橋、ボスポラス海峡横断地下鉄計画(円借款)などがある。

 

 

 

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